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ベストセラーを書くまで死なない日記

1人特許事務所の所長さんが商業出版に公開チャレンジしてます

044:行きたい南北朝の史跡その2

pro-con.hateblo.jp

 

前回分はこちら。近畿圏内を中心にしらべてたので、

今回は近畿エリア外のを収集しました。

 

(その1)南朝の皇居跡 賀名生(奈良県五條市

 

南朝の中心地といえば賀名生(吉野は最初だけだよ)

皇居跡はいまでも一般の方の住宅として使われているので、

公開されるのは春秋の年2回だけ。

www.city.gojo.lg.jp

 

サイトを見る限り、平成29年春の公開はないみたいです。

申込も結構面倒(往復ハガキのみ)だし、小学生以下は入れないし、

秋口までちゃんと覚えてられるかどうか。うーむ。

 

 

(その2)「日本国王懐良親王の墓(熊本県八代市

民に朝貢貿易をしたことで有名な懐良親王後醍醐天皇の皇子、鎮西将軍です。

一時は太宰府を押さえるほど勢威をふるった「南朝の星」です。

また、変なタイミングで日本側の代表になった(使者が帰ってきた時点で太宰府を撤退済)ので、その後に貿易をしようとする人のいい迷惑にもなったとさ。

 

懐良親王自体はかなり面白い存在なので、南朝ファンとしても追ってみたい。

 

www.jalan.net

↑歴史上の史跡をしらべると、結構な確率でじゃらんnetが出てくる。迷惑な

 

 

(その3)北条氏最後の地 東勝寺跡(鎌倉)

北条高時をはじめ北条家が集団自決し、鎌倉幕府が滅んだところとして有名です。

太平記にも大きく取り上げられてる事件ですし、

日本史上でも外せない重要な出来事。わざわざ遠征する値打ちがありそう。

 

鎌倉の史跡 東勝寺跡 鎌倉幕府終焉の舞台 /鎌倉ぶらぶら

↑廃寺で公式サイトがないせいで、紹介できるページが全部しょぼい

 

 

(その4)武闘派の宮将軍 護良親王の墓(鎌倉)

鎌倉幕府滅亡の立役者、護良親王

尊氏と対立して政治的に消されてしまいましたが、産まれながらの武将とも言える

その武勇に心を打たれた人は多いでしょう(たぶん)。

 

殺害された際に、相手の刀の切っ先を加えて話さなかったので

検分の際に偉い人に危害を加える恐れがあるとして、首をその辺に捨てられたという

因縁深いエピソードも太平記には残っております。

 

鎌倉史跡ー護良親王の墓所 /鎌倉ぶらぶら

 

 

(その5)毒殺された副将軍 足利直義の墓(鎌倉)

 

調査中

 

鎌倉の浄妙寺という話があるが、信頼できるサイトが見つからない。

今度、足利直義の評伝を読むので、そのときに再度調べようと思う。

 

 

 (全体を見た感想)

 

「ちゃんと公式サイトを作ろうよ」

 

人気の無い南北朝時代とはいえ、史跡巡りがきっかけで観光に来られる方もいらっしゃいます。寺、自治体どっちも、もう少し観光資源を活用しましょうよ。